
今回は、飼い主さんにサービスや商品を購入していただくための「決め手」についてお話ししたいと思います。あなたは、提供する診療サービスや商品の質さえ良ければ、いつか必ず買ってもらえると思っていませんか。「安くて需要があるものなら、きっと買ってもらえるだろう」と考える人もいるかもしれません。
しかし、私はこの考えに頼るのは大変危険だと考えています。飼い主さんは、最終的には「頭」ではなく「心」で購入意思を固めます。とくに近年は情報量が増え、比較の基準も多様化したため、飼い主さんは“心が動かない限り動かない”存在になっています。今回はセールストークで飼い主さんの心を揺さぶる大切さと、その背景にある現代的な要素についてお伝えします。
なお、飼い主さんとのコミュニケーションの取り方については、以下の記事を参考にしてください。
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モノがあふれる時代に必要な要素

かつて物が不足していた時代は、買い手のニーズさえ満たすことができれば自然と手にとってもらえたという獣医師もいます。しかし今は、どの商品・サービスも比較され、動物病院ですら他院との違いを明確に示さなければ選ばれない時代です。都市部だけでなく地方でも、複数院展開を行う企業型動物病院や、サービスを拡充した小規模病院が増え、競争圧は目に見えないかたちで高まっています。
さらに、フードやサプリなどの購買はオンライン化が進み、獣医監修のD2Cブランドやサブスク商品も広がりました。あなたの病院でしか買えないものはますます少なくなっています。だからこそ、飼い主さんの頭だけを説得するのでは足りず、心を動かす体験価値が求められるようになりました。「ここにお願いしたい」「この病院だから買いたい」と思ってもらうための感情的な接点が、以前よりも重要性を増しているのです。
獣医師としての提案力の高め方については、以下の記事をぜひ参考にしてください。
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買い手の心を動かす5つの要素

動物病院に限らず、買い手という存在はどのような感情で商品を手に取っているのでしょうか。一般的には、安心したい、認められたい、つながりたい、変化したい、貢献したいという5つの感情が購買を後押しすると言われています。人は理屈ではなく感情で動き、あとから理屈をつけて自分を納得させる生き物だからです。
動物病院へ来る飼い主さんは、特に「ペットを適切かつ優しく診てもらって安心したい」、また「健康でかわいい姿へと変化させたい」といった感情を強く抱えています。あなたがまず満たすべきはこの二つの感情です。丁寧で親身な説明を行い、治療の選択肢や費用も透明性を持って提示し、院内の衛生面も徹底することで、飼い主さんの不安は少しずつほぐれていきます。「聞きにくいことでも相談できそう」「この先生なら任せてもいい」という信頼は、安心感の積み重ねから生まれます。
また、私の動物病院もそうですが、最近はトリミングサービスを兼ね備えている動物病院も多いかと思います。トリミングサービスを受けるペットの飼い主さんは、「ワンちゃんをかわいく変化させたい」と思っているので、それに応えるようにします。
私の動物病院では、定期的にブログを発信して、トリミングサービスを受けたワンちゃんのビフォー・アフターを公開しています。変化が大きく、またかわいらしい姿であればあるほど、SNSでも広がりやすくなり、反響は大きいです。やはり、みなさんお金を払う以上、変化を求めているのだということがわかりました。
その飼い主さんに特化した体験価値の提供も有効
一方で、数は多くなくとも、病院とのつながりや、他の飼い主さんから「ちゃんとした病院に通っている」と思われたいという承認欲求を持つ方もいます。その気配を感じたら、あなたの病院の方向性に合わせて、より丁寧なフォローや相談時間の確保など、“体験価値”としての高級感を提供するといいでしょう。高級感とは単に値段を上げることではなく、「あなたのために用意された特別な体験」を意味します。
また、獣医師との信頼関係が深まると、「この病院を応援したい」「ここに通うことで貢献したい」と感じてくださる飼い主さんもいます。そうした方に向けて、病院としての理念や社会貢献の方針を伝えると、共感がより深まります。たとえば、売上の一部を動物保護団体へ寄付していることをホームページで伝えたら、「あなたの動物病院の理念に共感したので通いたい」という声が増えたという話があります。価格だけで判断する飼い主さんもいれば、社会的価値に共鳴して選ぶ飼い主さんもいるのです。
経営というと無機質な印象があり、「ニーズがあってリーズナブルであれば必ず売れる」と考える人もいますが、実際の購買行動はそこまで単純ではありません。物が溢れる時代に求められるのは、商品やサービスの質に加えて、飼い主さんの感情をそっと後押しする“体験価値”です。
診療の正確さといったハード面だけでなく、院内の雰囲気づくりやスタッフの接客態度、外観・内装のデザイン、SNSや動画を活用した情報発信といったソフト面にも工夫が欠かせません。動物にも人にも感情があることを忘れず、飼い主さんの心に寄り添う姿勢を積み重ねることが、これからの時代の「選ばれる動物病院」づくりにつながっていくでしょう。
最後に、飼い主さんにブランド体験を提供する大切さについて解説した記事を紹介します。ぜひご一読ください。
